
可能性をつぶしてしまう落とし穴とは
自分の可能性を広げる、潜在意識を広げるキーワードは、時代の変化とは関係なく、いつも関心が持たれていますね。
可能性を広げたい気持ちが生まれているということは、今の自分が「まだ可能性がある」、もしくは、「可能性があるはず」だという何かを感じているからです。
可能性を感じているということは、そこに限界があるということでもあります。 正確に言えば、限界を感じているからこそ、さらなる可能性を認識できていることになります。
限界を突破するに、少し検索するだけで様々な情報と出会えますが、シンプルな理屈で考えると、その限界を突破することができれば、おのずと開かれた可能性へ歩みを進めることになります。
この観点から様々な情報を整理すると2つに分かれます。
ひとつは、「新しいやり方や知識を得る」ことで突破するやり方。
もうひとつは、「自分の内面を見て」、突破するやり方です。
ですが、なかなか情報に通りには、うまくはいかないものですよね。

様々な情報でうまくいけばいいけど・・・
さて、
「限界があるからこそ、可能性を認識できる」 という構造の観点から考えると、ある落とし穴があることが分かります。 それは、自分の現在地が、×からスタートしていることです。 出来ていない、だから出来るようにしよう。 足りていない、だから満足出来るようにしよう。 分からない、だからわかるようにしよう。
というふうに。
人間の考えは、相対的に考え、判断するようにできています。
「出来ていない」と判断するには、「出来ている状態」を知らなければなりません。
足りないという考えも、分からないという考えも同じです。
相対的な満足している、分かっている状態を知らなければ、自分の現在地を判断することはできません。
ここに落とし穴があります。 相対的な考え方は、いつまでいっても、どこまでいってもついて回ります。 ひとつ出来るようになれたら、その新たな現在地から見て、さらに出来ていないことが見えてくるのです。
この場合、現在地は間違いなく変化しています。
出来ることがひとつ増えたわけです。だからこそ、「新たに出来ないこと」が認識できています。
しかし、落とし穴にはまると、現在地の変化をうまく認識できず、出来ていない世界ばかりを見てしまいます。
こうなると、いつまでたっても変化できない私の解析が蓄積されることになります。
その結果、
自分の思い込みで、自分の可能性をつぶしてしまう連鎖が続いてしまうのです。
では、何が必要なのでしょうか。 それは、自分の認識を認識することです。
シンプルな構造に戻りましょう。
「限界があるからこそ、可能性を認識できる」
この構造が教えてくれることは、
×がわかった時点で、○も同時に認識できているということです。
伝わっているでしょうか。
「限界」と「可能性」は、両方同時に生まれているのです。
×が分かっているということは、その時点で○も分かっているということになります。
変化を考えている時点で、まず取り組まなければならないのは、新しいやり方でも、内面をみるのでもなく、自分が「何を認識しているのかを認識」しなければなりません。 それが、思い込みを外した、あなたの現在地になるからです。

自分が認識している世界を認識する
「限界」と「可能性」の両方の世界を同時に生み出しているあなたがいます。
それはなぜでしょうか。
2つの世界を生み出す必要があるからです。
それはなぜ必要なのでしょう。 それは、あなた自身が、自らの変化を望んでいるからです。 もっと新たな出会いが出来るはず。より濃度の濃い出会いができることを知っているからです。
もっとも濃度の濃い出会いは、あなたとあなたの認識する世界の全てが、溶けるように真っ白になります。 全てをやりきれた達成感、真我のような心地ですね。
今のあなたは、 その限界と可能性の2つの世界を道具にして、これまでのあなたではない、新たな出会いを生み出そうとする現在地にいます。
新たな出会いを必要としてるあなたはどんなあなたなのでしょう? 生きる実感がほしいのでしょうか。 まだ、こんなものじゃないと感じているのでしょうか。 さらに思い切り爆発しきりたいのでしょうか。
その最後のピースを埋めることができれば、それがあなたが認識している世界の全体像になります。 その全体像をより濃度濃く、より安定した出会いが出来るように、より他人と共有できるように、限界と可能性を生み出し、2つの世界をいったり来たりしながら、具現化しようとしているのです。

大切なものは・・・
可能性をつぶしてしまうのも自分。可能性を引き出すのも自分です。 自分と自分の世界の全体像を生み出すことができれば、可能性をつぶすことはなくなります。 その時はすでに、あなた自身が出会いを生み出す主人公になっているはずです。