子どもの頃にイジメで蓄積していた感情のモンスターから、自由になって得た「感情の軸」のお話


感情と上手に付き合えてますか?

感情って、大切なものでもありますが、厄介な面も持っていますよね。

一度、塞いでしまうと、なかなか復活するのが難しかったり。 感情のエネルギーが大きくなりすぎると、のまれてしまったり。 全く感情がなくなってしまうと、心が乾いてしまうなんてこともあります。

「自分軸を持って生きるといいよ」なんてよく言われますが、感情にも同じことがいえます。 感情の軸を持つと、「全てがリセットされる」、「自分を取り戻せる」、「肝がすわる」などの効果があります。 効果と書くと、取って付けたニュアンスになりますが、「本来の自分」「あり続けたい自分」に戻れると言った方がニュアンスが正確かもしれません。

僕にとっても感情はとても厄介なものでした。 子どもの頃、イジメられっ子だった時期があります。幼稚園から高校までなので、そこそこの長さですね。

中学に上がる時に、あるきっかけで、イジメられている状況を変えようと、決意することでき。それがきっかけで、イジメられていた環境を変化させることが出来ました。ただ、その時に、自分の感情を抑えるということを選択してしまいます。抑えることで、自分を小さくさせない、過剰に反応しないように心がけていたんです。

感情を抑える選択をしたはいいものの

小学生の僕は、感情がすぐに溢れてしまう子でした。トランプで普通に負けただけでも、涙が出てきてしまっていました。 周りからみらた、ちょっかい出しやすかったんでしょうね。すぐに反応しちゃうから。

感情を抑えたおかげで、イジメの環境は変化したのですが、代わりに感情表現を失ってしまいました。 中学生から時間がたち、社会人になったある日、仕事で台湾に行くことがあり、そこの通訳の女の子に「山田さん、ニヒルですね~」と言われてしまったほどです。

今では笑い話ですが、その後、このずっと押さえてきた感情に苦しむことになります。 自分の中に、イジメで蓄積していた感情が「どす黒い塊」となってうごめいていることを、大人になって初めて自覚します。

その感情が一度、顔を出したことがありました。 涙が溢れ、震えが止まらず、その場で座り込んでしまい、軽いパニックになったことがあります。 その場は、なんとかその感情を抑えることで難を逃れたのですが、またそのモンスターのような感情が出てきたらどうしよう、感情にのまれたらどうしよう、と恐怖の一週間が始まります。

もし、この感情のモンスターをコントロールできず、「人を傷つけてしまうことになるのなら・・・」そんなことばかりが頭によぎって、止まらない状態にはまってしまいました。 ちょうど一週間がたつ頃に、なんとか突破口を見つけ、心を落ち着かせることができたんです。 そのおかげでまだ生きてます。

光も暗闇で見えてしまう恐怖の一週間

苦しい時は、その色で自分の世界が染まってしまいますね。 イメージも考えもその色で染まってしまいます。そんな時に出来ることといえば、もがいてあがくことくらいです。 今思えば、あの必死な中で、自分が存在してもいい理由を、「この傷が誰かの役にたつかもしれない」と考えらたことは、幸いだったと思います。自分の殻に閉じ籠るのではなく、外に目を向けられたのは、ラッキーでした。

その後、認識技術・観術と出会い、Noh Jesuのトレーニングのもと、「自分と自分の世界」のZERO化にたどり着くことが出来ます。 時間はかかりましたが、今はもう、このモンスターから自由になれています。

その時に腑に落ちた感情が、今の僕自身の感情の軸にもなっている、「出会いたい」という意志でした。

ちなみに、 心は単一では、自らと出会うことは出来ません。 自分以外の心との出会いを通してでしか、自分を知ることができないんです。 自分以外の怒りや感動、恋や嫉妬等々。他人の心の動きと出会って初めて、自分の心の動きを理解していきます。

ついでに、 心の動きそのものが腑に落ちてくると、そこは出会いたい意志が溢れていることが分かります。 心ひとつだけでは、出会いが始まらないからです。 「自分が何者なのか知りたい」「新たな出会いがしたい」「もっと濃度の濃い出会いがしたい」 そんな蓄積から、エネルギーがつくられ、感情が、イメージ、考えが動き出します。

話を戻して、 感情のモンスターを、その「出会いたい意志」から解析し直すと。 イジメという出会いを通して生まれたエネルギーが、多くの出会いの中で蓄積された結果、モンスター級に巨大になってしまったわけです。

蓄積したモンスターが牙を向く先には自分がいた

イジメがなければ生まれなかったエネルギーです。 そのエネルギーが、イジメの時に感じていた、自分の「尊厳が潰される音や色」、そして、「潰されたくないという涙」と、「このままじゃイヤだと働いてしまった解析」が、記憶のデータバンクの中に蓄積されていたんですね。 大人になって、そんなものがあるなんて知らず、パンドラの箱を開けてしまい、軽いパニックになってしまいました。

ZERO化できていない時は、「エネルギー=モンスター」という図式で自分の世界が創られていました。 ZERO化できた後は、「エネルギー=出会いたい意志の変位体」に変わっています。 「出会いたい意志」から観た時に、モンスターはエネルギーの上に羽織った服のようなものだったことに、実感を伴って気付けたんです。 当時は、モンスターという観点に固定されて、絶対にそうだという決めつけからしか、自分の世界を生み出すことしかできませんでした。 手に負えないモンスターを抱えている自分ですね。そんな自分がいるから...、だから…と。

服が身体を動かすのではなく、身体が動くから服が動きます。 エネルギーが踊っているから、それに伴ってモンスターが暴れているように認識してしまっていました。 モンスターという決めつけが、自分の尊厳を潰していたんです。 自分で服を着たのに、その服を着ているからと、自分に恐怖していたんです。

エネルギーはイジメという出会いの蓄積で生み出されたものです。 でも、エネルギーはエネルギー。出会いは出会いです。 自分の解析の蓄積によって、その全てを決めつけ、固定してしまうことは、自分の尊厳を潰していることだったんだと理解でき、自由になれました。 あの時は、その服を着ることが最善の手段だった。でも、今はもう、必要ありません。ありがとうの気持ちを添えながら、服を脱ぐことができたんです。

私たちの脳で行う解析は、一部だけしか見ていないのに、それで全てだと錯覚してしまいます。これは人類共通です。 「出会いたい意志」という感情の軸は、その錯覚をほどき、新しい再創造を可能にさせてくれます。 今では、目の前の人と話をするだけで、何に固定されているのか、どんな決めつけがあるのかが観えるようになっています。

人の苦しみは、一部だけなのに、それを全てだと決めつけてしまう所から始まります。それを前提としての世界を生み出してしまうのです。 決め付けからの関係性を創り、期待を生み、気が付けば、現実とのギャップに思い悩んでしまう。 そして、相手を否定し、自分を否定してしまう。

もし、あなたの中にその動きが働いているのなら、その連鎖は、もう止めましょう。止められるものだからです。 そこに費やされる時間、エネルギー、お金、何より心の動きを別のところへ持っていきましょう。 ありのままの心の動きから、世界を再創造していくところへ。

自分の尊厳を取り戻すのは、あなたの意志から始まります。

出会いたい意志から観ればすべてはバブル

#イジメ #感情 #モンスター

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