人生がつまらなくなる5つの観点


つまらないのは、その観点に固定して世界を観てしまっているから

人生は、「どんな自分になって」「何をするのか」と解析することができます。 「何をするのか」ばかりを追いかけていると、つまらなくなるように、人生にはしっかりと立ち止まって、自分が選択していることをじっくりと観察するときも必要です。 人生をつまらなくさせる5つの観点を上げてみました。 ◆自分自身の尊厳を低く見ている観点

他人をバカにしてしまう人が最もバカにしているのは、自分自身です。 他人の尊厳を軽んじたり、汚してしまう人が最も尊厳を潰しているのは、自分自身の尊厳です。 人は、自分自身を守るために、他を低く見てしまいます。低く意味づけ価値付けすることで、自分の尊厳や存在を保とうとしてしまいます。 これは、誰もがやってしまう本能です。 やってしまうことを批判したり否定することは、解決の方向へ向かっているのではなく、同じことを繰り返しているだけになります。 大切なのは、気付くこと。 尊厳を傷つけるようなことをしても、尊厳の全て、存在の全てを否定することは誰もできません。 必ず、部分だけしか見ていないはずです。 必ず、違いに対して決め付けているはずです 必ず、過去の記憶から呼び起こしているはずです。 全ての尊厳を潰すことはできません。 ◆相対的なバランスが崩れた観点

この現実の世界は、相対的なバランスの上に成り立っています。 上ばかりを見上げて歩いていては、つまずいてしまいます。 下ばかりを見ていては、憂鬱になるばかりです。 勝者がいるのは、敗者がいるから。 暗闇が深くなればなるほど、光は輝きを増していきます。 山が高くなればなるほど、谷も深くなります。 子どもが生まれた瞬間に、大人もまた生まれます。 しかし、人はついつい、どちらかだけにフォーカスして、それぞれに異なる意味づけや価値付けを行い、相対比較や分離を創ってしまいがちです。 上と下はセットでひとつ。

どちらかを上にすれば、もう片方が下になります。

上と下の世界を決定し、その世界を創造したのは自分です。

その世界を創造し、その上で、さらにどんな世界を描きたいのでしょうか。

もし、さらに描きたい世界が見いだせないのであれば、創造した世界は本当に生み出したい世界ではないのかもしれません。

既に創造した世界と、創造したからこそ描ける世界は、セットです。

勝者と敗者もセットでひとつ。

どちらかが勝者になれば、もう片方は敗者になります。 勝ち負けの世界を使って、さらにどんな世界を描きたいのでしょうか。 暗闇と光の輝きもセットでひとつ。 山の高さと谷の深さもセットでひとつ。

子どもの人生と親の人生もセットでひとつ。

既にであった世界とこれから出会う世界もセットでひとつです。

どちらかに固定した観点から見える世界は、小さく狭くマンネリする時が必ず訪れます。

どちらか側に固定して、もう片方を観るのではなく、両方を観る意識へ移動しましょう。

世界は手のひらの中に

◆絶対に正しいという観点

生きていれば、数ある中で何かを選択しなければならない時を迎えることがあります。 成功と失敗を繰り返す中で、自分なりのスタイルを構築していくことになります。 しかし、人はコンピューターのように、全てのことを統計的に解析して、ベストな選択を決定してはいません。 同じ失敗を二回繰り返した選択は、絶対にもう選択しようとはしなくなります。 パスタのお店を、「あそこは本当に美味しい」と同僚から聞き、同じことを家族から聞いただけで、今流行っているんだなと思い込んでしまったりします。 自分への評価も、まったく異なる状況のおいて、同じ劣等感を感じただけで、自分像が決まってしまうことも少なくありません。 絶対に正しいと証明するには、他の可能性を100%否定しなければなりません。 それができなければ、数ある選択肢の一部だけに固執しているだけになります。 それは、自分で他の可能性を否定していることと同じです。 他の可能性を具体的に潰してみてください。 すべてを潰すことができないことが分かるはずです。 ◆新しい気付きや発見を、気付こう・発見しようと思えなくなったマンネリの観点

人は、一度知ってしまったことを、過去のデータバンクへ蓄積することができます。 目の前の出会いが、既に知っていることと同じことだと思ってしまった瞬間から、マンネリが始まってしまいます。 その為に、出会っているのに出会えず、様々なチャンスやきっかけを失ったり、多様なズレを生んでしまったりします。 そうなってしまったら、それはもう、自分の知っている世界にはまっている証拠です。 新しい世界への扉を開きたいのに、誰かが開いてくれるのを待ち続けていては、何も始まりません。 そのままでは、目の前に扉があることさえ忘れてしまいます。 自分で新しい扉を開くには、開くための何かを探さなければなりません。 自転車を乗る練習をしていた時に、初めてペダルをこいで、ふらふらしながらも、必死な顔で、数メートル乗ることができた、あの冒険のように。 初めて告白した時の、自分の思いの伝え方を探そうとあがいていた、あの手探り感のように。 自らの心を動かして、不器用でも、気付こう発見しようとしている時は、ドキドキ、ワクワクに自然となっていきます。 人が見ている世界は部分だけです。 しかし、部分だけしか見ていないのに、全てを観ているかのように錯覚してしまいます。 その錯覚を解くには、自らがその殻を破かなければなりません。 そのもっともスマートでシャープなのが、自分の心の動きとリンクした気付きや発見です。 手で探ってください。あなたの知っている世界が全てではないことが分かるはずです。 ◆考えやイメージ、感情を思いきれなくなったとらわれの観点

日本語には不思議な言葉があるなと思うことが少なくありません。 「思い切る」もそんな言葉のひとつです。 自分の思いを切る。 それ以上、思わない、とらわれない、考えない。 武士の切腹の潔さにも似ている、自らを切って解き放つニュアンスを、この言葉には感じます。 考えもイメージも感情も、幸せや成功になる為には、大切で必要な道具です。 しかし、大きなとらわれに襲われると、道具であるはずの考え・イメージ・感情が、止まることなく溢れ続け、心を小さく小さくさせてしまいます。 人は、自分の解析にさらに解析を重ねていくパターンを持っています。

最後には、相手を否定し、自分を否定してしまいます。

それを繰り返し行えば、誰もが憂鬱になります。

思い切るには、前述の4つを確認してみてください。 ・尊厳をつぶすことはできません。例え自分の考えだとしても。 ・相対のどちらかだけにとらわれていないでしょうか。 ・他の可能性は解析してみたでしょうか。 ・それらに気付こう発見しようとしているでしょうか。

いろんな音があるように、描ける世界もひとつじゃない

考えや感情、イメージやエネルギーは、あなたの心の動きを具現化させるための道具です。 主役の心の動きが、脇役に圧倒されてしまっては、そのストーリーはつまらなくなってしまいます。 この5つの観点は主役を輝かせる台本です。 主役と脇役の関係性が全てを決めています。 さぁ、主役の出番です。

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