脳科学者から観た、あなたが見ている世界の話


『脳はなにを見ているのか』藤田一郎 著(角川ソフィア文庫)

自分が創っている自分の世界。僕のベースとなっている認識技術・観術では、この前提で話が進めていきます。そして、苦しみの涙を歓びの涙へ変化させていく、そんな自分になれる技術を身に付けさせるのが僕の役割です。

そんな僕が、最新の脳科学がどんな世界観を描いているのかを学びたくて、この本を手に取りました。

脳科学では、「見る」といういことをどのように描くことができるのか。そんなことに関心を持っていました。

今回の内容から学んだことを、少しご紹介します。

いきなりですが、最後の章にこんなことが書いてありました。

『自分が感じているように世界が存在すると考え、自分の体験に基づいた世界の理解が私たちの常識を創る。このような世界のとらえ方は、素朴実在主義と呼ばれる。』

と、しかしその後にこんなことも書いてあります。

『自分の周りの世界の音、色、香りなどが、そこにあるのではなくて、半分は脳が創ったものであること、このことは私たちの「素朴実在主義」からは大きくかけ離れているが、本書で示してきたことはその脳科学的裏付けである。』

一般的には、「世界が存在する」前提で、あらゆる物事を考えていきます。それが科学的だとか、現実的だとか思っていますよね。でも事実は、「脳がその世界を創っているんだ」というのが科学だよと断言しているのがこの本です。

そのうえで、脳と心の関係を最新の情報を踏まえながら、考察しています。

では、さっそく「見る」ってどうなっているの?

いったい私たちは、何をどのように見ているの?という疑問から、読み解いていきましょう。

『実は、「見る」ことは現象として不思議で複雑であり、また、「見る」ことを実現するためには、脳によるとてつもなくたくさんの仕事が必要とされている。外界の像は、目の奥の網膜で電気信号としてとらえられ、その情報は脳へと送られる。脳の仕事は、その情報を徐々に加工処理して、「ものを見る」ために適した形にしていき、最終的には、「ものが見える」のを成立させることである。』(P.14)

目でとらえた光は、網膜で電気信号に変わり、脳で処理をしているんだということが分かります。

この視覚情報を処理するのに、脳の1/3も使うそうです。

脳のどこでどんな処理をしているのかも分かっているようで、視野地図なるものが作成されていました。

脳のいたるところで処理をされた情報を集めた結果、私たちは「ものが見える」状態を得ているんです。

トマトを見ているように思うけど、、、

『「見える」というのは一種類の出来事ではないということである。「見たものが何であるかがわかる」という過程と、「見たものに対して働きかける」という過程は別であり、脳の別の場所で担われているのである。前者の機能、視覚認識の機能には側頭葉が関係しており、後者の機能、視覚に基づいた行動には頭頂葉が関与している。』(P.49)

ちょっとこれだけだとイメージしにくいですね。

例えば、15秒ほどのCMを見ている時に、セリフを覚えるつもりで見るのと、流し見では、脳の処理する場所が変わってるよって話です。

覚えるつもりだと、頭頂葉が。流し見では、側頭葉が働きます。

つまり、関心があると頭頂葉。無関心だと側頭葉が働くってことになります。

心と脳って、こんな風につながっているんですね。

そういえば、脳波を使ったおもちゃや、腕をなくした人がロボットの義手を付け、それを脳波でコントロールするなんて話を目にします。

時代は、IOT(Internet of Things)まっさかりですが。IOTが進化していく中で、この頭頂葉は大きな役割を担いそうです。

スマホを頭に近づけて、念じただけで、家電のスイッチを入れるなんていう未来は、そう遠くないのかもしれません。

『物質世界は空間的に三次元であり、また知覚する世界も三次元でありながら、間に介在する網膜情報は二次元(平面)なのだ。つまり、物を見ることにおける脳の本質的な仕事の一つは、二次元網膜情報から、その網膜像を投影した物体の三次元構造を「推定」し、「復元」することである。』(P.66)

この本の中で一番興味深かったのが、この章でした。

目で受け取った光の情報を、まず受け取るのは二次元であり、それを脳で処理をして三次元にしているって話は、コンピュータと同じです。

驚きなのが、目が受け取る光には、色や形といった情報は含まれていないということ。

これは、300年も前にニュートンが「光線には色がない」と見破っていたそうで、これが本当なら(本当なんですけど)目が受け取る情報には、色も形もなければ、空間三次元の情報もないことになります。

光の濃度の違いが網膜で電気信号に変わり、脳が処理をすることで、三次元の画面が立ち上がっていることになります。

私たちが見ている世界は、目の前にその世界があるからではなく、脳が立ち上げている画面を見ているんだということ。

一般的な常識とはかけ離れた世界のように感じてしまいますが、こちらが事実です。

ニュートンやガリレオの時代の科学者たちにはもう分かっていたようです

『心は脳から生まれていると先生はいわれた。脳は物質から出来ている。つまり、心は物質から生まれているということである。それならば、やはり物質でできている石仏に心が宿っていてもよいではないか。木でできたこのテーブルにだって心は宿っているかもしれない。』(P.206)

これは、京都のお寺で講演をしていた時の話で、講演を終えたときに、住職から言われた一言だそうです。

脳科学の言っている事実から考えてみれば、物質から心が生まれてしまう、なんとも殺風景な世界観になってしまいます。

人の中心は、心。そんな風に感じている私たちにとっては、ちょっと無機質な話です。

脳と心の関係を考察する題材として、この逸話があげられていました。

でもこんな風にも考えることができます。

その心が生まれるまでをさかのぼってみると、精神が生まれ、生命が生まれ、その前には物質が、そして分子、原子、量子、、そして宇宙。それだけの年月をかけて、「心ひとつ」が生まれていることになります。

もし、宇宙が生まれる前の世界を、心そのものだとイメージしたなら。137億年の年月をかけて、「心」がやっと「心」と出会える世界を生み出すことができた、、、なんて物語が描けます。

それを、一人ひとりに対して当てはめることもできます。

私の中心にある心。その自分が脳を使って世界を創り出している。

創り出した世界の中の一人ひとり、一つひとつに、心を、見ることができる。

その心と自分という心を出会わせることによって、自分の創る世界がより輝きを増していく。

あぁ、そんな世界を共有できる人を増やしたい。なんて思いました。

この本の心と出会えたからこそ描けた世界観ですね。

あなたならどんな世界を描くでしょう。

『私たちの周りにある物体それぞれに色がついており、これは、私たちが存在しようがしまいが、変わることのない事実のように思える。しかし、そうではない。

色として感じるのは私たち自身の目と脳の共同作業の結果である。私たち人間を含めた生物のいないところに、色は存在しない。』(P.199)

#認識 #脳科学 #本

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