自分と自分の宇宙がある・ないって、どゆこと?


「自分と自分の宇宙」この言葉を聞いたことがある人は、稀なはずです。

認識技術・観術では、この言葉をよく耳にします。

観術を使うということは、「自分と自分の宇宙」が消えたところから、考えや感情、イメージをスタートさせると語るほど、キーとなる言葉になります。

今回は、認識技術・観術の日本人講師である内海氏が語っている「- 自分と自分の宇宙は無い - 科学誌「Nature」で発表された量子力学の実験結果が示す革命的な世界観」をご紹介しながら、「自分と自分の宇宙がない」ことについて書いてみたいと思います。

「自分」とは、自分のアイデンティティ。自分自身をどう思っているのかの答えにあたるものです。 「自分の宇宙」とは、そのアイデンティティが生み出す世界のことを指しています。世界とは、エネルギーからイメージ、感情、思考、言葉、表情、行動を指しています。 「自分」と「自分の宇宙」はペアの関係にあります。「自分」が変わると、「自分の宇宙」も変わる関係にあります。

内海氏が、この動画で伝えようとしていることは、

私たちは、宇宙がある前提の認識ですべてを考えているけれど、真理と呼ばれる古き智慧や、最先端科学では、宇宙が無い前提が当たり前になっているんだという内容です。

宇宙があるのか、無いのか。これが今の私たちにどんな影響を与えるのでしょうか?

物事のとらえ方が「宇宙がある前提」だと、宇宙と私たちの観測行為は関係ないものになってしまいます。私たちが死んでしまっても、宇宙の存在の有りつづけるはずだという考え方です。観測行為は、目の前の存在に何の影響も与えません。

一方、「宇宙がない前提」だと、宇宙と私たちの観測行為は密接な関係を持ってしまいます。私たちが観測したときに宇宙が生まれ、観測していないときは、宇宙はないことになってしまうからです。(正確には、観測した瞬間に、宇宙のあるなしが決定される)観測行為は目の前の存在に決定的な影響を与えることになります。

一般的な考え方は、「宇宙がある前提」の認識方式・理解方式がほとんどです。 この考え方が長く受け入れられているのは、決定的な問題がないと考えられてきたからに他なりません。 星の運行や地球環境の変化、自転車の運転など、人の五感覚でキャッチできる範囲では、何の問題も起きないのです。 カーナビもスマホも、国際電話だって問題ありません。

しかし、時代は物質文明を超え、精神文明へと移行しました。

五感覚でキャッチする世界だけを扱えばいい時代ではなくなってしまっています。

第三次産業として定着しているサービス業はその典型といえます。

例えば、ある主婦が営業マンの言葉づかいひとつで、その会社の商品ではなく、別の会社の商品を買おうとすることも少なくない時代です。 もし、別の主婦が同じ営業マンの言葉を聞いても、気にならない程度であれば、主婦の観察行為は営業マンと密接な関係を持っていることになります。

主婦によって、営業マンという存在が変わってしまうということは、観察行為によって、存在が決定されることになるからです。 つまり「自分と自分の宇宙はない」前提の考え方と同じなのです。

これが、「自分と自分の宇宙がある」前提であれば、そんな主婦であっても、どんな営業マンなのかは変わらないことになります。

SMAPの解散から謝罪騒動を例に考えてみると、人によって登場人物をどんな存在として認識するのかは、人それぞれです。これも、「自分と自分の宇宙はない」前提の考え方が行われていることになります。

さて、少し整理すると、

私たちの考え方の前提は「自分と自分の宇宙はある」だと思っているのに、「自分と自分の宇宙はない」考え方が自覚なしに混在しています。

自分の観察行為によって、目の前の存在がどんな存在なのかを決定しているのに、みんな同じ存在を見ているはずだと思ってしまう。

これは、決定的な問題を生み出してしまいます。

それは、分り会えないという、疎通の課題。別の名を、観点の障壁です。

これは、ノーベル賞級の科学者同士でさえ、起きてしまいます。

みなさんよく知っているアインシュタインと、量子力学の生みの親である、ニールス・ボーアのある会話が残っています。

――――――――――

★ボーア:「アインシュタインさん、現実というものは観測されて初めて意味を持つものです。観測されていない時の現実を問うことは、もはや意味はないでしょう。」

●アインシュタイン:「ボーア君、観測する、観測しないの如何に関わらず、現実を確定的に説明できなければ、完全な理論とは言えないのではないか。私は確率だけの予測、それを物理学とは呼びたくはないのだがね。自然はもっと単純な美しさを持ってしかるべきだよ。」

★ボーア:「アインシュタインさん、その理論が正しくないなら、単純な美しさなど何の意味も持たないのではないでしょうか。我々は古典物理学に慣れ過ぎていたんですよ。ミクロの世界は我々の常識を超えたつながりを持っているのです。」

―――――――――――

二人の会話は、衝突していますね。

同じ科学から、世界を見ているはずなのに、それぞれが見ている観点が衝突しています。

世界のとらえ方のスタートが違うところから始めていては、相手を理解することは不可能となります。

唯一、誰もが同じ観点を選択できるのが、「自分と自分の宇宙がない」という観点です。

無い世界から有る世界が生まれるメカニズム通りに、自分と自分の宇宙の構築プロセスを共有することができれば、疎通の課題・観点の障壁の問題は解決できます。

「自分と自分の宇宙がある」前提の考え方をしながら、「自分と自分の宇宙がない」考え方が混在していることを理解すること。

「自分と自分の宇宙がない」観点から、「自分と自分の宇宙」を構築できるようになること。

そうすれば、争いをなくすことができるようになります。

「自分と自分の宇宙」がある・ないとは、

人としての尊厳的在り方を明確にするとともに、ゆるぎないものとして誰もが実感できる観点です。

#観点 #観術 #基準点 #認識 #観点の衝突 #疎通の課題

304回の閲覧

​お問い合わせはこちら

@2020 by Yamada Yuki  Proudly created with Wix.com