
孤独といえば、嫌なもの、寂しい、苦しいという感情が芽生えやすいキーワードですよね。
できることなら、ずっと孤独は感じていたくない。
孤独とは無縁な生き方がいい。
こんなイメージを無意識に抱きがちです。
でも、孤独ってそんなに悪いものか?と思うわけです。
「孤独」や「ひとりぼっち」のイメージには、皆は仲良くやっているけど、自分だけ・・・というイメージがくっついています。
自分だけが、苦労している。
自分だけが、我慢している。
自分だけが、報われない。
自分だけが、責められている。
自分だけがと考えてしまえば、周りに仲間がいたとしても、家族がいたとしても、孤独になってしまいます。
この自分だけが・・・には、実は自分の周りに必ず人がいるんですね。
周りに人がいて、その中で、自分だけが・・・と考えてしまう。
この考えの中に入り込んでしまえば、誰だって孤独になってしまいます。
「自分のことを、この世の誰とも比べてはいけない。それは自分自身を侮辱する行為だ。」ビルゲイツ
彼の言うとおり、自分だけが・・・から創り出す世界は、自分で自分を侮辱する行為を繰り返しているだけでしかありません。
それでも、孤独はそんなに悪いものかと、僕は思うのです。

どんなに仲間に囲まれていても、家族のそばにいても、孤独になってしまうときは、なってしまいます。
本当に孤独になってしまったら、そこから取り組める手段は、たった一つしかありません。
本当の孤独とは、周りに対する不平不満さえ言えなくなります。助けてということさえ、何かをぶつけることさえできなくなるのが、本当の孤独です。
自分の世界の中で、発信をする相手さえいなくなってしまう。
そこから考えたら、不平不満を言えるのは、かわいいものだと感じるでしょう。だって、「私はこんなものじゃない」と抵抗できる力がまだ残っているわけですから。
そんな状況だからこそ、出会える世界があります。
「孤独なとき、人間はまことの自分自身を感じる。」トルストイ(ロシアの思想家)
孤独の時に取れる唯一の手段は、「自分が創っている自分の世界」に気付くことです。
トルストイが言うように、孤独が深くなればなるほど、シンプルになっていきます。
不平不満やひねくれがなくなり、当たり前だと思っていた世界さえ、当たり前ではなくなっていきます。
そう、全てが当たり前ではないことに気付けるのか、気付けないのか。
ちょっとしたことでも、すごく深いことでも、当たり前ではないんだなと気付ける対象は、何でもいいんです。
日常の中にいると、単なる情報知識のひとつになりがちですが、深い孤独の時には、この気付きはどんなにささいなことであっても、世界の全てを変えてしまうほどの希望になります。
さらに、今までとは違う人生を構築する土台にもなる。
全ての当たり前は、当たり前ではないところから出来ています。
孤独で、いろんな思いや感情が止まらなくなってしまったら。
そこにある当たり前を探してみてください。
あなたが創っているあなたの世界の殻を破るきっかけが、そこにあるはずです。