観術ユニバーサルリーダーシッププログラムとNURITSYO1日目


観術ユニバーサルリーダーシッププログラム(観術ULP)とNURITSYO(ヌリッショ)に参加してきました。

観術ULPは、韓国のソウル、釜山に続く第三の都市である大邱市の大邱銀行研修所で、総勢300名で開催されました。

高台にある、大邱市が一望できる素敵なところでした。

プログラムでは、認識技術力を最新のアップグレードする最新の情報を受け取ってきました。 「新しい秩序創出方式」「第三の知識爆発」「認識二次産業」「知とは何かの規定(どこからどこまでをどのように)」「スクリーン原理」「エネルギー創出メカニズム」「分析命題・総合命題」などなど。

講師は、観術を創始開発したNohJesu自らの2日間でした。濃度のかなり濃い二日間でした。

プログラムが終わり、NURITSYO1日目へ。

1日目は、大邱市が観光客向けに開催している大邱ツアーに参加してきました。 僕が参加したのは、「大邱中区ツアー第1コース

朝鮮日帝時代から近代にかけての街づくりを中心にした歴史を見て回るツアーでした。

先ず初めに達城(土城)公園

1905年、日本によって造成された公園で、1967年5月、大邱市が新しい総合公園の造成計画を建て、現在の大公園に造成されたものです。 三韓時代に部族国家を成した逹丘伐(タルグボル)の城跡でした。

このタルグボルの城跡は、高麗中期以降に、達城徐氏が代々居住した私有地でしたが、朝鮮時代、世宗王の時徐氏一門が献納して国有化されました。 その後、日本が公園を造成し、公園には土城1,600mの史蹟と散歩道• 芝•広場•花壇など、現代式施設を備えているところです。

公園の入り口となる門をくぐった正面に見えるのが、写真の大きな二つの樹木。 この樹木の左は、世宗王の時徐氏を、右の樹木は、伊藤博文を表しているそうです。

その後は、サムソン(三星)商会跡地へ。

今は韓国財閥となっているサムソン。スタートは、精米所だったそうです。そのお店が倒産。その後、時代に合ったお米とそうめんを売るお店から、今の財閥への道が拓かれていったそうですよ。

次に、香村洞へ。

日帝時代の大邱には、住民の1/3は日本人だったそうです。その後が街並みに現れているのがこの香村洞地区です。 当時の日本の住居の特徴がよく残っている場所ということで、大邱市がその街並みを法令で残す取り組みが行われているそうです。 ところどころ日本住居の趣のある建物が残っていました。

大邱(テグ)近代歴史館へ。

これも日帝時代に建てられた建造物です。 当時の最高技術を集めて創られたそうで、設計は日本人が、レンガ技術は中国人。建造は朝鮮人によって建てられたそうです。

あまりにしっかりとした建造物らしく、各時代の銀行の建物として継承されたそうです。現在は、大邱市の有形文化財に指定され、近代歴史館として使われています。

最後は、慶尙監營公園へ。

慶尙監營は、朝鮮時代に八つの道の中の一つである慶尚道を管轄した監営のこと。 それが今は保全のために公園となっています。 桜が多く植えられていて、満開でしたよ。

全体を通しての感想 韓国と言えば、反日的な印象が強いですが、実際はそうでもなく、日帝時代の面影を残そうという努力やツアーなどで客観的に日本との友好の証を紹介していたりしていることが分かります。

ツアーの内容は行政が、ツアーの案内は韓国人のボランティアが日本語で案内してくれました。 韓国と日本のつながりは、人と人、純粋なその心の動きによって既につながっている。あとはその濃度をどんな方向へ紡いでいくのか。 これは一人の人間同士の出会いによって生まれるものなのではないかと思います。

ツアーを終えたあとは、みんなでキノコ鍋に行きましたよ。

#歴史 #NohJesu #観術 #イベント

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