あなたの脳の備わっているVR「脳の認識のクセの特性」


大きなうねりを私たちの生活に及ぼしそうなVR(バーチャルリアリティ:仮想現実)は、一般の家庭でもての届く世界となりつつあります。 VRの進歩は毎日のように報告され、ゲームや芸術、軍備、学校など、その影響は人類が関わるあらゆる分野へと範囲を広げています。

中には、高校の入学式がVRで行われるという驚きの情報があったり、仮想帰宅と呼ばれる冗談めいた内容のものや、既に実際に行われていることなのか冗談なのかも区別しにくい状況になりつつあります。

(参照:「入学式はVR世界で――ネットの高校「N高」開校、式辞は“ディスプレイ越し”」

(参照:「【VR】通勤時間を短縮できる「仮想帰宅」を全社員に導入します。」

バーチャル(仮想)とリアリティの違いは、人間が人工的に創った世界を見ているのか、そうでないのかとの違いです。共通点は、五感覚と脳で見ている世界だと言えます。 これを前提とすれば、リアルとは、五感覚と脳だけで見ている世界となります。対象との間にコンピューターや情報を変換させる媒体を通さずに見える世界です。

しかし、私たちはこのVRと現実の他の世界を既に経験しています。バーチャルでもなく、現実でもない世界。それは、夢の世界や空想・妄想の世界です。 夢から目覚めたときに、現実なのか夢なのか区別がつかなくなる時があります。また、初めて会う人の情報を事前に聞いてしまうと、初めて会うのに先入観が働いてしまい、事前の情報の通りにしか相手を感じられないなんてこともよくある話です。

VRが登場する以前から、私たちは現実なのかそうでないのか区別がつかない状況に度々出会ってしまっているのです。 これは、五感覚からの情報を処理している脳自体が、現実なのかそうでないのかを区別する能力を持っていないことを示しています。

もし、あなたの見ている世界が、現実なのかバーチャルなのか区別がつかないとしたら、、、。

以前のブログで「 リアリティとは何か?」を書いていますが、そんな非現実的と思われやすい状況に既に陥っているのが私たちの脳なのです。

なぜ、区別をつけることができないのでしょうか。 ある脳の認識のクセによる特性をご紹介します。

認識のクセは、「認識のクセの秘密は、あなたの秘密」でご紹介したように、部分だけとってしまう。違いだけとってしまう。過去とつなげてとってしまう。有限化してしまう。というクセを持っていました。

このクセは、どんな特性を生んでしまうのでしょうか。 ここで、思考シミュレーションをやってみましょう。 先ずは理屈から。

境界線のない世界があるとします。

境界線をひとつ描くだけで、「中」の世界と「外」の世界の二つの世界が、同時に生まれたり消えたりします。

この相対する二つの世界のうち、一方を「中」と名前を付けると、もう一方は「外」になりまる。同じように、一方を「上」と付けると、もう一方は「下」になります。つまり、二つの世界は相互に作用している関係にあります。

シュミレーションをまとめると、

・相対する二つの世界は、同じに生滅する ・相対する二つの世界は、相互に作用している ・相対する二つの世界は、相違点と共通点を同時に共有している

となります。

しかし、「認識のクセ」によって、二つの世界のうちの「部分」「違い」「過去」「有限」しか、認識することしかできません。

つまり、認識のくせの特性は、

私たちの認識は、相違点(部分、違い、過去、有限)のみの認識しかできません。

となります。

これを現実に当てはめてみるとどうなるのかを表現してみたものが次になります。

「光と闇」

人は、光を希望。闇を絶望と照らし合わせたりしますね。 そこから、光だけを追い求めようとしたり、闇を排除しようとしがちです。 しかし、認識のクセの特性を当てはめてみると、違う世界が見えてきます。

「闇が深くなればなるほど、光は輝きを増す」 輝きを求めたくなるのは、その輝きとは相対的な何かを感じ続けている可能性があります。

「親子」 親は親の人生。子は子の人生と切り離して考えがちです。親が子の人生を考えているときに、親自身の人生も一緒に考えているとは、思いませんよね。

「子どもが生れた瞬間に、親が生まれる」 親のように育成する側の人が、育てられる側に対し、イライラしたり苦言を言いたくなるのは、育成する側の人生で得た基準から物事を判断している可能性があります。

「批判する人とされる人」 仕事や家庭など場所を選ばず起きてしまうのが批判です。批判が起きてしまうと、批判される側の人がクローズアップされやすいですね。ミスや過ち、トラブルだけが取り上げられやすいのですが、そこにはミスだけがあるのではないんです。

「相手を批判する側の人は、自分が絶対に正しい側にいる」 批判する行為を×だとするなら、その相対的な○が必ず決定されています。×だけを観るのではなく、○が絶対に正しいといえるのかを観ることで、なぜ批判したいのか、本当に批判すべきなのかが明確になります。

どうでしょうか? 少し観方が変わってきたでしょうか。

私たちは、 全ては「対」の関係で成り立っているのに、どちらか一方だけを取り上げてしまい、もう一方を明確にしようとは思いません。

この認識のクセに観点が固定されていると、私たちの考えは、どんどん複雑に、そして勝手な思い込みで溢れてしまいます。何が事実で何が思い込みなのかを区別できないほどに。

その結果、人間関係や人生、健康までも自分自身によって害してしまいます。 観点の固定から自由になった先に、本当のリアルがあります。

リアルから自分の人生を創造していく。その案内をしているのが、認識技術・観術です。

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