「○○がダメだ」を外すと、あなたの選択肢は大きく広がる


失敗した時や思った通りに行かない時は、相手に「ダメ」を決めつけてしまったり、自分に「ダメ」を付けてしまったりしてしまいますね。 「本当は○○のはずなのに・・・」 「こんなこと、あってはいけないのに・・・」 「うまくいかないのは○○だから」 「どうせ私は○○だから・・・」 ダメだと思ってしまうことは、悪いことではありません。 ダメだと思えるから、よりよい方向へ物事を進めることができたり、本当に大切なことに気づくことができたりするからです。 でも、「ダメ」だと決めつけてしまい、「交流ができない」「関係性が断絶してしまう」「自分を小さくさせてしまう」のは、よくない傾向だといえますよね。 その決めつけをずっと続けてしまうことは、あなた自身の人生の可能性をつぶしてしまうことになります。 生きがいもなく、同じような人とのつながりしかなく、つまらない、パッとしない時間を繰り返してしまうことになりかねません。 「ダメ」だと思ってしまうのは、誰でも思ってしまうことです。 「認識のクセ」で学んだように、人の脳は偏った見方しかできない「認識のクセ」を持っています。 (認識のクセ:認識のクセの秘密は、あなたの秘密) 「ダメ」だと決めつけるには、その相対的な「正しい」があります。「ダメ」だということは、逆の「正しい」が本当に正しいといえなければ、ダメだと決めつけることはできません。 しかし、私たちはそんな教育は受けていませんね。 正しいものは正しい。間違っているものは間違っている。どちらかしかない。その決めつけを前提とした教育です。 「間違っているといえるには、絶対に正しいという決めつけが必要」という教育は受けていませんね。 「認識のクセの特性」で学んだように、相対する二つの世界は同時に生滅します。しかし、私たちは、その二つの世界を分離し、どちらか一方だけを解析してしまう認識の構造を持っています。 (認識のクセの特性:あなたの考えを客観的に観察できる「解析サイクル」とは) この認識の構造に観点が固定されている限り、自ら可能性をつぶす行為をいつの間にか繰り返してしまうのです。 これは、個人の責任ではありません。認識の構造自体の問題なのです。 「今の世の中は○○だ」 「親が悪い」 「私なんて・・・」 と、誰かに「ダメ」を付けてしまうと、あなたの人生はどんどんつまらない世界に、自分自身が創り出してしまうのです。自分がダメだと決めつけた存在や空間とは、関係を構築したいとは思えなくなりますよね。 「ダメ」だと決めつけることは悪いことではありません。 その時に、相対的な「正しさ」を観ることができないことが問題を生み出しているのです。 その「正しさ」は、 「何を正しいと決めつけているのか」 「本当に正しいのか」 「どんな条件や状況に限定していることなのか」 その問いを持つことで、「ダメ」が、尊厳を傷つけるような「ダメ」ではなく、ベストな生き方を創り出していく創意的な「ダメ」へと変わります。 やめるべきは、「○○がダメだ」だけに固定して解析を繰り返すのではなく、相対的な「何を正しい」と決定しているのかを確認すること。 そして、その「正しい」に対する問いを行うことです。 あなたの創る世界を創るのは、誰でもないあなたしかいません。 認識の構造の観点に固定された生き方の外を意識しましょう。そこが本来のあなたの力です。

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