「自分らしさ」や「自分軸」はどこにあるのか?


「自分らしさ」や「自分軸」。「好きなこと」や「やりたいこと」。

今この瞬間も探している。 探したけど見つからなかった。 見つけたと思ったら、別のことが出てきた。

この自分探しは、誰もが興味を持ち探そうとしやすいものです。

しかし、持っている人から見れば、実は違うところを探している何てこともよくあります。

以前、その人の美しさは、その人がコンプレックスだと認識している中にあることをご紹介しました。 どうしても周りと同じ美しさを意識しがちですが、その人の美しさは、他の人しか持ち得ない「違い」にあるのだという内容でした。 (参照:「あなたの美しさは、コンプレックスの裏にある」

「自分らしさ」についても同じことが言えます。 では、その人の軸となるのはどこにあるのでしょうか。

その人の個性や性格は、幼児期の親との関係性によってのベースが築かれることが分かっています。 親の判断基準や良し悪し、好き嫌いが教育や躾としてインプットされ、人生の基盤となる判断基準となっていきます。

幼児期では、親に「共感を求める」コミュニケーションが多くを占めてきますが、そこで、親が共感に応えることが多くなれば、子どもの中に安心感が築かれることになり、大人になっても人間関係や思考傾向などに大きな安心感を認識しやすくなります。

しかし、逆に「共感の求め」に対し、怒りや叱責、親の判断基準に支配させようとする応えが多くなるほど、子どもにとって共感を求めることが「我慢する対象」となり、親の顔色を伺い、良い子を演じることが正解なのだと認識してしまいます。 この正解を無意識でやってしまう様になると、成長時期に感じる心の動きや感情の変化に鈍感になり、内に恐怖や不安を抱え、相手や自分と深い関係を築くことができなくなってしまいます。

少し大袈裟に描きましたが、前者の世界も後者の世界も、誰もが持っている世界です。様々な条件や状況でそのバランスが変り、ある条件においては安心感を持ちやすかったり、ある環境になると不安になりやすかったりするものです。

美の世界での美しさは、「コンプレックス」にあることに触れました。 では、その人らしさはどこにあるのか?それは、「涙」にあると考えています。

優しさで評判の人がいます。 その人の優しさに感動したという人が現れるほどです。 なぜそんなに優しいのかという問いについて、それが当たり前なことで、何を優しいと言われているなのかもよく分からないという回答でした。

その優しさの源にあるのは何かを一緒に探求したところ、その人は多くの苦しみや絶望を経験し、「悔しみの涙」を内に抱いていることが分かったのです。

幼少期では幼稚園から高校生までイジメに会い、大学時代ではサークルで先輩との関係や怪我に悩み、社会人では自分のミスによって生まれた企業間トラブルに挫折し、人間関係や恋愛などなど、とても多くの傷を持っています。溜め込んだ負の感情に苦悩した時もあったほどです。 その痛みや傷があるおかけで、相手の痛みや傷に共感できてしまう。その共感によって反応してしまった行動が、周りの人達の心に癒しや励みを与えていたのです。 その人の優しさは、その人の涙の裏返しによって生れた動きだったのです。

涙の中には、苦しみの涙もあれば、歓喜の涙もあります。 両方に共通するのは、心の動きによって生まれているということです。 自らの中心の中心にあるのが心です。涙もそこからやって来ます。 その心の動きに刻まれた涙が、人生の軸にすでになっていると考えるのは自然なことです。 ただ、それを客観的に認識する機会がなかっただけです。 まさか、涙の中に自分らしさや自分軸、人生の方向性などの原点があるとは思い付くことではありませんよね。

ぜひ、あなたの中にある涙を大切にしてください。 そして、客観的に認識する機会を創ってみてください。 人によっては時間がかかる場合もあるでしょう。段階的に受け入れる場合もあるでしょう。 今までの自分を超えることができたら、もう涙は我慢するものでもなく、何かにぶつけて発散させるものでもなく、その涙によって創られる心からの力動が、人生に躍動を与えてくれることを実感できるはずです。

自分の心の動きを大切にできる人は、世界中の心を大切にできます。 世界は、心の動きによって創造されています。 あらゆる創造物はすべて、人の心から生み出されたものです。誰かの心の為に。

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