答えを知ることがゴールではないってどういうこと?


人間は、答えを求める生き物です。

自分という存在の答え。生きる理由。この世界、この宇宙の仕組みや真実。

答えを知れば、答えと出会うことさえできれば、自分の疑問や迷いを解消してくれると考えがちです。

さらに、考えの道しるべが明確になると思いがちですが、実は全ての人にそうだといえるわけではありません。

考えの道しるべが明確に定まる人は、その定め方を理解している人です。

これは、答えを知ったからといって、理解できるとは限りません。

なぜなら、世界の観方がまったく異なるからです。

例えば、

僕は機械の設計開発に携わっていた時期があります。

同じ設計図でも、建築の設計図とは異なります。

イメージと、寸法や加工法などの論理が書いていることが変わりませんが、その規格や表現方法は異なります。まったく違う宇宙を見ているかのようです。

機械の設計図が読めたからと言って、建築の設計図の世界には入り込めません。

これと同じように、「答えを知らない世界」の観方と、「答え知りそこから見た世界」の観方は異なります。

建築の世界を語るには、建築の観方を身に着けなければなりません。

建築の世界の描き方を身に付けない限り、建築の世界を語ることもできないのです。

答えを知った状態とは、答えを知っただけであり、答えからの世界を描くことはできない状態を指しています。

考えの道しるべを定めるには、答えからの世界の描き方を身に付ける必要があります。

これを「認識方式」と呼んでいます。

このブログのベースとなっている「認識技術・観術」は、答えをお伝えすることが目的ではありません。

答えからどのように自分と自分の世界を創り出せるのかの「認識方式」を技術としてお伝えしているコンテンツです。

今のこの時代は、「答え」を発信する人が増えていく時代です。

2017年から、この「答え」についての情報量は爆発的に増えていくでしょう。

魔法のように変化を期待させたり。努力する必要はないと促したり。ただありのままの自分であればいいと発信したり。その表現方法はさまざまです。

しかし、重要なのは、答えを知ることではなく、「答えを知った人間として、どんな世界をあなたは創りたいのか」ではないかと考えています。

答が一般的になるということは、尊厳が失われ続けてきた時代が終わりになるという意味でもあります。

その先に、本来の尊厳そのものとなった人間としての時代が始まります。

そこへ向かう「教育」「経済」「政治」「芸術」「文化文明」を創り出そうとしているのが、認識技術・観術の世界観です。

認識方式を身に付けた人たちの連帯によって生み出されます。

あなたは、どんな自分と自分の世界を創りたいてすか?

#教育 #観点 #観術 #認識

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