その考えは、心から生み出したい考えですか?


人間の思考は、まるでプログラムされたかのように脳の初期設定に忠実です。

一例を上げると、

・目の前の出来事を理解しようとするときは、必ず、自分が過去に蓄積した情報知識に基づいて理解しようとする。

・一度「これは○○だ」と理解をすると、その理解がたとえどんなに勝手な決めつけであっても、その理解を前提に考えが動いてしまう。

・結論を出したものは、自動的に記憶に蓄積され、「ああ、あれはね○○だったよ」と、これまた自動的に動いてしまう。

・一度、「あれは○○だ」と理解してしまうと、自分でその理解を自ら疑うことも検証することも出来なくなってしまう。

悩みや囚われの多くは、この思考プログラムの通りに動いた結果です。

そして、そのプログラムが動く前提に悩みを突破するヒントが隠されています。

それは何か?

ほとんどが思い込みなんです。

それがただの思い込みではなく、心が動いた思い込み。

脳の認識構造では、ある部分情報だけをとって、その情報で全体像を勝手に決定しています。

その部分情報が確かに事実であったとしても、それがその全てではありません。

存在に対しても、現象に対しても、人に対して、そして自分に対しても。

「してほしかった事をしてくれなかった」

「将来に対して不安がある」

「私は病を持っている人間だから、その生き方しか出来ない」

「勝手に決めつけられた」

「あんな人だとは思わなかった」

「私なんて」

これらの全ては、思考プログラムが勝手に動き出してしまった結果です。

この思考プログラムを作り出してしまう認識構造を明確に理解し、技術として使うことが出来れば、これらの悩みを解くことが出来ます。

正確に言えば、思考プログラムが動くきっかけとなった、心の動きにたどり着くことができれば、グルグルとめぐってしまうプログラムの全てが消えてなくなってしまいます。

そして、新たに結ぶことも可能です。(⬅このトレーニングを提供しついるのが僕の仕事です)

ずっと囚われ、グルグルしていた思考から解放された瞬間は、まるで世界が変わったかのようにスッキリします。

そうですよね。ただシンプルに、純粋に求める心の動きがあるだけ、そのものに戻ることができるのだから。

でもね。

重要なことは、スッキリすることではない。そう思っているんです。

自分の中で動いている思考が、「心から生み出したい考え」なのかどうか。

ここ!なですね。

ほっとけば、思考は勝手に動き出してしまいます。

スッキリしても、また、勝手な決めつけから、グルグルが始まってしまいます。

それは、心から生み出した・く・な・い考えなのではないでしょうか。

心そのものから始まったのに、いつの間にかストレスを感じ、胃をキリキリさせ、エネルギーと時間が取られてしまうのは、人生がもったいない。

そう思うわけです。僕自身がそうでしたから。

生きていれば、どうせ考えてしまいます。

考えること無しに現実を生きていくことは出来ません。

頭のなかを心からの考えで溢れさせていくのか、勝手に動き出してしまう考えに右往左往してしまうのか。

その差は、全く別の人生と言えるほどの違いがあります。

それを特別な誰かだからできる時代ではなく、明確な技術として身に付け、使う度にセンスが磨かれ、結果的に、新たな目・認識方式を持つことができる。

その目からどんな世界を観、考えを道具として働かせるのか。

それが誰でも可能な時代になっています。

その考え、まだ心から生み出している考えですか?

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