主観の主を大切に


「仕組みに基づく解析」を前回お伝えしました。

経験に基づくと、思い込みや決めつけがいつの間にか働いてしまい、誤解やコミュニケーションに支障をきたしてしまいます。

すると、ひとつ疑問が浮かびます。

「主観は悪いモノなの?」

答えはNO。

当然、主観も客観も良いものでも悪いものでもありません。

単なる仕組みです。

その仕組みの結果が「ある条件」ではよく働き、「ある条件」では悪く働いているだけなんです。

ということは、大切なのはバランスなのだということになります。

私たちの脳は、まず脳の認識構造のよって認識し、その後に名前を付け理解しようとします。

形や色、奥行きや動きは認識構造が映し出しています。

それを過去のデータバンクとつなげて、名前を付け、意味や価値を理解して、多様な規定の現実を生み出しています。

これはYouTubeでお伝えしている通りですね。

「1/4脳の認識のクセと考え感情の関係を理解 認識のクセ編」

(28.22 認識のクセの特性)

人との会話も同じですね。

認識構造では、単なる音として認識しています。イントネーションや高さ低さ、音の長さといった感じ。

それがどんな単語を指し、何を言わんとしているのか、何を伝えようとしているのかを理解するのは、過去のデータバンクとつなげた結果となります。

この過去のデータバンクとつなげて理解しようとするときには、必ず主観から入ります

主観から入り、

仕組みや基準を使ってより深く、広く理解しようとするのです。

これまでお伝えしてきた、経験に基づくのではなく仕組みの基づくというのは、ここを言っているんですね。

仕組みに基づけば、主観➡客観➡主観➡客観となっていきます。

仕組みに基づいて、経験を当てはめ、仕組みに基づいて整理します。

経験に基づいちゃうと、ずっと主観となってしまいます。

自分の主観をつかむには、「客観」のスキルを身に付ける必要があります。

自分の主観をアプローチのひとつとして使える人は、この「客観」を使える人です。

よく、直感や感覚を大切にしている方と出会いますが、中には客観的視点を持っていない人がいます。

主観から始まって、ずっと主観となるんですね。これでは、本人の中ではしっくり来ていても、言葉で表現するのが難しい、他人に共有するのが困難になってしまいます。

大切なのはバランスです。

主観に片寄りすぎると、一人よがりになり、肝心のところを共有することができません。

これでは関係性が主観的な深さでしか結べなくなります。

逆に客観的になりすぎると、主体の温もりや心の動きが決めつけによって育たちにくくなります。

人の解析はあらゆることに対して、相対的に捉える能力がありますが、経験に基づいてしまうことで相違的にしかとらえることができず、相対的なバランスを失ってしまうのが、今の人間の考える力の現在地です。

バランスは、相対的な世界を自らが同時に生み出し、その相互循環を観たり関係付けたりすることで調整するものです。

そのバランスを調整する上で大切なのが、主観ということになります。

その繊細さは詫び錆びのように儚く、無限大の衝撃を秘めています。

それを観察し感じ取れるだけの客観を持つことで、主観が機能するのです。

抽象的な表現をすると、私たちの認識する世界全てが、この詫び錆びのほんの一瞬の出来ごととも言えます。

羽毛の羽がヒラヒラと舞い落ち、毛布の上に触れた瞬間のひと触れが聞こえるほどの静寂を創れるのが客観性です。

そしてその出会いをどんな出会いと名前を付けるのかを決定するのが主観となります。

このセンスは誰もが持っている認識構造の特性がもたらすセンスです。

ノイズの多い経験に基づく解析では、このセンスが喪失されてしまいます。

ぜひ、主観のひと触れを感じ取れる主観と客観の力を人生に取り入れてみてください。

全ては日常の中に隠れています。

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