経験に基づこうとする脳との戦い


経験に基づこうとする脳との戦い

 分からない、難しい、そんな時こそ仕組みで見る

私たちの考えや感情は、必ず自分の過去のデータバンクの情報を基に走っています。

考えや感情の材料のすべては、過去のデータバンクの情報に基づいているということですね。

これが何を示すのかというと、

自分が知っている世界の範囲なら、物事を理解したり考えたりすることができるが、知らない世界については考えることはもちろん、理解することさえ難しいということになります。

また、自分の知っている世界に基づくということは、常に知っている世界が基準となり、その軸を中心としながら世界が広がっていくということになります。

人間は誰しも、過去のデータバンクを軸にして、理解したり考えたり、感じたりしています。

認知症という病気がありますよね。

データバンクの情報の中でも、新しい情報から消えていく病気です。

自分が子供のころの情報はあるものの、大人になって家族が出来、旅行に行ったり、孫が出来たりという情報は消えてしまいます。

すると、自分の子供さえ認識できなかったり、ついさっきご飯を食べたことも覚えてないという状況が生まれます。

本人はデータバンクに情報が無いので、そのことを気に病むこともなくなりますが、周りの家族は違います。

なかなか受け入れられなかったり、元の状態に戻そうと考えてしまうことも少なくありません。

この家族の反応もデータバンクの情報に基づいてしまった結果です。

過去のデータバンクに基づいて物事を理解し考えようとする、認識構造の仕組みがあるから起きることです。

仕組みによって起きる悩みは、個人も問題ではなく、仕組みが起こす問題ということになります。

この仕組みは、誰もが同じですが、その内容はみんな異なります。

同じ現象と出会ったとしても、それぞれの理解であり、それぞれの考えが走ります。

それぞれのデータバンクの情報は全く異なるからです。

つまり、私たちは、それぞれがまったく異なる世界を見ているということになります。

仕組みでみれば当たり前のことですが、私たちはまだ、この理解が不足しています。

私たちのデータバンクの中には、なぜか、「みんな同じがいい」「異なることはダメ」という情報が入っています。

さらに「同じ意見になるのがいい」「自分とおなじ価値観のはずだ」「分かってもらえるはずだ」「理解しあえる」などなど、上げたらキリがありませんね。

さらにこの情報が無意識に固定化され、バイアスとして大きな影響を「理解」や「考え」に与えてしまっています。

「自分だけが違う」「分かり合うことは出来ない」「価値感が違う」という思いがその影響を受けた「理解」や「考え」です。

その結果、孤独を感じたり、深い悲しみや絶望という感情までも、生み出され、その通りの現実や関係性を構築してしまいます。

人間関係やコミュニケーションの疎通の課題はすべて、この記憶のデータバンクに基づいて理解し考えてしまう仕組みが起こしています。

もちろん、これも個人の問題とは言えません。

友人が、家族が、仕事仲間が、社会全体がこの記憶のデータバンクの中にある思い込みの情報に振り回されているからこそ、個人がその流さなくていい涙によって、自己存在や尊厳を傷つけてしまうことになっています。

個人の問題ではなく、人間共通の仕組みが起こす問題ということは、そう、これは社会問題なのだということもできます。

とはいっても、変化はやはり個人から始まっていくものです。

個人が仕組みを十分に理解し、日常で実践していくことで、自分の過去のデータバンクの情報が書き換わっていき、目の前の「理解」が変わっていく。

その人のコミュニケーションが周りの人の刺激になりながら、社会や世界が変わっていきます。

地球が生命の多様性によって、美しい星になっているように、

主観と客観の考え方によって、社会が進化発展していくように、

一人の個人においても、経験に基づく認識と仕組みに戻づく認識の相互作用によって、これまで超えることが出来なかった様々な問題を解決していく時代を創っていきたい。

これが、僕がお伝えしていきたいことです。

#認識の限界 #現実 #認識のクセ #認識 #過去

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