なぜどう思われるのかが気になるんだろう?


なぜ人からどう思われるのかが気になるんだろう?

こんにちは、疎通の課題を解決するやまだゆうきです。

「人からどう思われるのか?」気になる人多いですよね。

ほどほどならいいんですが、自分の考えや感情に強く影響を与えてしまうと、自分の心を小さくさせてしまったり、尊厳を喪失したりしてしまう、やっかいなとらわれです。

今回は、この「どう思われるのかを気にしてしまう」ことをテーマに語ってみたいと思います。

不特定多数の人が同じような悩みを持つということは、そこには法則性があるということです。

その法則性を脳の認識構造から理解を深めていきましょう。

探っていくときのキーワードは、「どう思われるのか」をどうして考えなきゃいけないのか?ということです。

その時に使う質問は、「それがなぜ問題なのか?」ですね。

◆そもそも、相手がどう考えるのかは相手の自由

そう、他人からどう思われてもいいという人もいるはずですよね。

だって、他人は他人です。

他人がどう思うのかをコントロールできるはずもないですし、自分がコントロールされる側だとしたら、嫌な気分になります。

自分が自由に思っていいのであれば、他人も自由に思っていいはずです。

逆に自分は自由なのに、他人の自由を制限するのは、相手の尊厳を奪うことにもなりかねませんよね。

そういうことが頭では理解できたとしても、でも、やっぱり気にしてしまうのが、「どう思われるのか?」です。

人は誰でも自分の尊厳を守りたいと思います。

そして他人よりも、自分のほうが優先順位は高くなります。

これは当然です。

自分という存在を守る本能です。

でも、自分を守るためだけなら、それこそ他人からどう思われるのかなんて気にしなければいいはずです。

相手の考えはコントロールできないし、またすべきでもありません。

それでもどう思われるのかを気にしてしまうのは、「自分の存在を認識する過程」に大きな要因が隠れているからなんです。

◆自分の全体をみることが出来ない

認識構造は常に部分や違いでしか、物事の理解や考えを走らせることが出来ません。

これは考えをどれだけシャープに磨いたとしても、脳の認識機能がそうなっているのでこれを変えることはできません。

自分の全体をみることが出来ないということは、ある条件ではこんな自分、別の条件ではあんな自分と、条件によってコロコロ変わってしまうことになってしまいます。

例えば

あなたが30代だとしましょう。

「一般的な30代だったら、〇〇であるのが理想だ」というイメージもあれば、

「自分の経験からみたら、30代は〇〇を構築していきたい」というイメージも出てきますよね。

それが、親の立場からの意見だったり、友人の意見だったりと、条件によっていろいろな自分像がコロコロと変わってきます。

そもそも自分の全体を脳が認識することはできません。

必ず部分だけの情報で、全体像を創り出してしまうのが、脳の認識機能です。

この仕組みが働いている限り、私たちは、「条件によって変わってしまう自分」であり続けなければなりません。

ちなみに、この認識機能はこれまでもずっと働いていたし、これからもずっと働くものです。

この認識機能を変えることはできません。

この機能は、仕組みです。仕組みは、良いも悪いもありません。

重力で例えてみます。

重力も仕組みです。重力に良いも悪いも、ありませんよね。それと同じです。

その重力を使って地球の外まで行けることができたように、認識構造も深く理解して活用することで、今現在の自分を超えていくことができます

◆自分という存在を確認するは関係が必要

条件によって変わってしまう自分では、存在に確信を持つことが難しくなります。

すべての条件を知ることなど不可能だからです。

そこで脳は何をするのかというと、他者との関係を通して、足りない存在感を得ようとしてしまうのです。

簡単なシュミレーションで例えてみます。

目を閉じてみましょう。

そこから、10歩ほど動いてみます。

その時、手探りで障害物を確認しようとするはずです。

目が見えていたらそんなことはしなくていいはずです。

手探りで確認しようとするのは、目の代わりとして補おうとしているんです。

足りない情報は、自分以外によって補おうとするのが脳の認識構造の仕組みです。

「どうしてどう思われるのかを気にしてしまうのか?」

もうみえて来たでしょうか?

・脳の認識構造では、自分の存在に確信を持つことが出来ない。

・足りない存在感を、他者からの情報で補おうとしている。

これが、どう思われるのかを気にしてしまう仕組みになります。

人によって、気にする度合いに差が生まれるのは、自分の存在感を補う対象が違うことにあります。

つまり、存在感を補おうとする対象は、必ずしも他人が「自分のことをどう思っているのか」だけではないんだということです。

その対象を変えることは誰でもできます。

その変化を創るということが、根本的な変化を創るということになります。

◆まとめ

そもそも、相手がどう考えるのかは相手の自由。

自分の全体を脳が認識することはできません。

私たちは、「条件によって変わってしまう自分」であり続けなければなりません。

脳の認識構造では、自分の存在に確信を持つことが出来ない。

足りない存在感を、他者からの情報で補おうとしている。

根本的な変化を創っていくためにも、

まずは、ご自分の現在地を明確にすることろから始めましょう。

自分が何をどのように見ているのかを、仕組みに基づいて客観的に観察できる状態を創ることから、すべての変化は始まります。

お気軽にご相談ください。

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