自分の認識と相手の認識を分けること one point up

Youtubeに上げているワンポイントアップ動画の解説をしたいと思います。

動画では伝えきれなかったことを少しプラスしてお伝えします。



目次

動画で伝えたかったこと

コミュニケーションがうまくいかない10割の原因

自分の認識と相手の認識を分ける

自分と相手の認識が混同している場合と分けれている場合

自分と相手を明確に分けることで、初めて自分と出会うことができる

そう認識している私がいるんだ、から始める



◆動画で伝えたかったこと

最も伝えたかったこと。それは、

なんの努力もせずに分かり会うことはできない。

というものです。

疎通の課題という、分かり会えないことを、この時代最も解決する問題だと決めている私にとって、なんの努力もせずに分かり会うことはできないことを根拠をもって表現出来ることは、声を大にして言いたいことです。

なぜならば、

コミュ障という言葉が一般化されているほど、個人の問題として取り組むことが当然とされていますが、このままでは、分かり会えない疎通の課題は解決することが難しいと考えているからです。

それと、分かり会えないことがどれほど、心に涙を抱えてしまうのか。

それを思うと、今すぐにでも義務教育で取り上げてほしいほどです。

何を努力すればいいのか、それはなぜか。

伝えていきたいことです。


◆コミュニケーションがいかない10割の原因

コミュニケーションがうまくいかない原因は、人間が脳の認識構造を持っていることです。

脳を持っている限り、人は常に、疎通の課題と出会うことになっています。

脳の認識構造は認識のクセという4つの構造を持っています。

・部分だけをとる

・違いだけをとる

・過去とつなげて理解する

・有限化する

動画では特に部分だけ、過去とつなげて理解するに着目してお伝えしました。

相手の話しの部分だけをとってしまう。そして、相手の世界のことなのに、それを自分の経験知に基づいて理解してしまう。

相手の言葉の意味や価値は、相手の経験知の中にあります。

言葉のニュアンスや相手にとってどんな意味があるのかは、相手に聞かなければ分からないことです。

でもそれを自分のニュアンスでとらえ、自分の意味で理解してしまいます。

なのにも関わらず、分かり会えないと悩んでしまうのが、コミュニケーションのズレの正体です。


◆自分の認識と相手の認識を分ける

自分の認識と相手の認識を分ける前に、身に付けておきたいのが存在現象と認識を分けるスキルです。

存在現象と認識が混同していると、自分の決めつけや思い込みで相手の話しを聞いてしまうことになります。

あの人はこういう人だ、私なんてといった被害者意識などを前提にコミュニケーションをしてしまう、人間関係を構築してしまうことになります。

また、存在現象は、存在がある、現象があることを前提とした解析(考え、感情)のため、受動的に影響を受けた現実になってしまいます。

それに対して認識は、私が何をどう思ったのか、どう感じたのか、どう考えたのかになります。

認識は100%自発的な世界です。

存在現象と認識を分けたときに初めて、認識の変化について考え始めることが出来ます。

認識をどう変化させていけばいいのか、の始めに取り組むのが、自分の認識と相手の認識を分けることになります。


◆自分と相手の認識が混同している場合と分けれている場合

自分の認識と相手の認識を混同している場合と、分けれている場合の違いを紹介したいと思います。

混同している場合

・分かり会えるはずだという前提

・自分の勝手な決めつけ、思い込みの世界だけを見てしまう

・分かり会えない挫折、絶望、孤独を蓄積

・どう思われるのかを気にする

・受動的な自己存在

分けれている場合

・努力せずに分かり会うことが出来ない前提

・相手の認識している世界と出会える

・相手を深く理解出来ると同時に、自分が深く成長できる

・自分がどんな関係をつくりたいのかを自ら規定する

・自発的な自己存在

整理してみると分かりやすいですが、コミュニケーションや関係性だけの話だけではなく、私という在り方、生き方に強い影響を与えることが見えてきます。

自分の思いの世界の中から出たことがなければ、相手と出会うこともなければ、自分と出会うこともできません。

よく考えたら当然なんですけど、なかなか気づきにくいですね。


◆自分と相手を明確に分けることで、初めて自分と出会うことができる

自分の認識と相手の認識を明確に分けることで、初めて自分の認識している世界と出会うことが出来ます。

・私にとって出会うとは何か。

・私にとってコミュニケーションとは何か。

・私にとって私は何者なのかを明確にするとは何か。

こんな問いには、思いの世界に入ったままだと疑うことも、気付くことも出来なくなってしまいます。

〇〇とは何か、というWhatが明確でなければ、考えは漠然とします。

考えが漠然としていると、周りに影響されやすくなります。

さらに受動的なアイデンティティになれば、思考停止はさらに進みます。

その結果、コミュニケーションも関係構築も思った通りにならないフラクタルが展開されちゃうんです。

だからこそ、認識を分けることを通して、出会うという機会を増やすことが大事です。

◆そう認識している私がいるんだ、から始める

最後に、何から始めたらいいの?

それは、「そう認識している私がいるんだ」から始めることです。

考えや感情がグルグルしたり、そんな私を否定しちゃうことを何とかしようとするのではなく、シンプルに「そう認識している私がいるんだ」と切り替える選択が必要です。

そう認識している私がいるんだな。

 そう思っている私がいるんだな。

 そう感じている私がいるんだな。

 そう考えている私がいるんだな。

で、

心から認識したいことは何だろう。

 心から思いたいことが何だろう。

 心から感じたいことは何だろう。

 心から考えたいことは何だろう。

勝手に頭が走ってしまう世界をストップして、心から出発する世界を始めること。

何度でも、何度でも、何度でも、何度でも。

繰り返すことです。

心から出発する思いや感じ方が、すぐには分からないという人も多いはずです。

それだけ、心から出発することが日常の中になかったということ。

やったことないことをすることは、それだけでストレスを感じてしまうものです。

でも、新しいことは変化そのものでもあります。

自分が変化そのものであり続ける以上、それは自分史上、常に最先端な自分であるということ。

新たな出会いがそこにあります。


だんだんと暖かくなってきましたね。

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