世界を分けるバリエーション 自分と相手との関係 one point up

疎通の課題を解決するやまだゆうきです。


ひさびさに動画を更新しました。今回は、世界を分けるバリエーションについて、動画では語り切れなかった話を捕捉したいと思います。


目次

◆そもそも世界を分けるとは何か

◆世界を分けるバリエーション

◆分けるということは共通もある

◆世界を分けることで見える景色



このバリエーションを紹介する動画で一番伝えたいのは、世界の分け方次第で何が見えてくるのか、観察する世界が変わっていくということです。

ひとつの事象に対して、世界をどのように分けるのかによって、思うこと、感じられることが変わってくること。これは人間の脳の認識構造だからこそ実感できる世界の複数性です。

今回はバリエーションという形でお伝えすることで、こんな分け方をすると、こんな世界が見えるんだなと感じてほしくて、語ってみました。


◆そもそも世界を分けるとは何か

これは、改めて深堀りしたいと思いますが、ここでは簡単に3つでお伝えします。

1.認識の基礎

 目の前の世界をどう認識するのかの基礎力にあたるのが世界を分けるということ。自分がどんな世界を認識しているのかは、世界をどのように分けているのかに対応している。

2.観察が出来るようになる条件

 脳は比較を通して初めて観察が出来るようになります。その世界が相対ではない場合は思い込みや決めつけの世界となります。

3.分け方次第で景色が変わる

 同じ事象を目の前にしていたとしても、どんな基準で観察するのかによって認識した世界は変わります。その基準をつくるのが世界を分けるという行為になります。

◆世界を分けるバリエーション

バリエーションを大きく二つに分けました。

ひとつは「自分と相手との関係において」のバリエーション。もうひとつは、「自分と自分との関係において」のバリエーションです。

今回の動画は自分と相手との関係においてのバリエーションになります。

内容は、こんな感じ。

・自分の認識と相手の認識を分ける

・自分の解析と相手の解析を分ける

・自分の問題と相手の問題を分ける

・自分の時間と相手の時間を分ける

・自分のアイデンティティと相手のアイデンティティを分ける

自分と相手との関係において世界を分けるとなると、まず大前提に、自分の認識と相手の認識を分けることが出てきます。

その後の解析や問題、時間、アイデンティティ(自分をどう思うのか)については、認識の中を細分化した分け方になります。

このバリエーションを実際に使う時は、まずは認識を分けるところからスタートして、事案の具体的な内容に応じて、解析を分ける、問題を分けるという使い方になります。

◆分けるということは共通もある

今回の動画では触れませんでしたが、分けるということは違いがあるということになります。

違いがあるのであれば、共通もそこにあることになります。

自分の認識と相手の認識を分けた場合、自分が見ている世界と相手が見ている世界は全く違うこと。自分が感じている世界と相手が感じている世界は全く違うこと、となります。

では共通していることとは何かというと、見る事が出来る仕組みは共通しています。感じることが出来る仕組みは共通しています。

つまり、見たり感じた結果は違うけれども、見たり感じる仕組みやメカニズムは同じだということですね。

具体的には、そこには脳があり、認識構造があるということになります。

その仕組みが共通しているのであれば、仕組みに基づいて相手を観察すれば、相手がどんな世界を見ているのか、感じているのかを認識再現することが出来る、となります。

表現を変えると、共通する仕組みがあって、その仕組みが全く違う世界を生み出している、となります。今回で言えば、自分と相手が認識している世界は全く違うということですね。

以前お伝えした海とお魚の言語で表現すると、(海>お魚)

共通の仕組み > 全く違う世界

共通の仕組み > 自分の認識と相手の認識を分ける

となります。

海とお魚が使える人は、その関係を観察することも意識してみてください。


(参考資料:「海とお魚」このブログで使う言語について)

◆世界を分けることで見える景色

世界の分け方次第で見える景色が変わってくるという不思議さ、面白さを一番伝えたいところなんですが、なかなか実感してもらうのは難しいところでもあります。

まずは、世界が混同している場合と明確に分けることが出来ている場合とで比較すると実感しやすいのでは、、、と思っています。

例えば、「自分の認識と相手の認識を分ける」で、分けることが出来ず混同してしまうと、自分が見ている世界と同じ世界を相手が見ていると思ってします。自分が感じている世界と同じ世界を相手も感じることが出来ると思ってしまう。自分が理解していることは当然、相手も理解できると思ってしまうんですね。

この混同している状態だと、自分と相手との関係においては、お互いを傷つけてしまう、尊厳を喪失してしまうことが、引き起こされてしまいます。

どうして分かってくれないの!?、どうしてこんなことも分からないの!?という感情がうごめく結果が必ず待っているんです。

もっとはっきりと言えば、混同していると心をいずれ失ってしまうことになるんですね。

誰もが経験する地獄です。

でも自分の認識と相手の認識をしっかりと分けることが出来ていれば、自分が見ている世界と相手が見ている世界は違う。自分が感じている世界と相手が感じている世界は違う。自分が理解していることを相手が理解することは簡単ではない、ということが理解出来ます。

つまり、何の努力もせずに分かり合うことが本当に難しいことを理解している。

この状態なった時に初めて、相手と出会うことができるし、自分と出会うこともできるようになります。

不思議ですね。

自分と相手との違いが明確であればあるほど、出会いも明確になり、関係構築もはっきりと作ることが出来ます。

でも、自分と相手の違いが曖昧だったり、感覚的なつながっている感になればなるほど、相手と出会えなくなり、関係性もなんとなくな関係になってしまいます。

つながり感を感じている方が、安心するのではないかと思ってしまいますが、実は逆なんですね。つながり感の中には、勝手な思い込みや決めつけ、こうあってほしいという願望や期待が潜んでいます。

そんな状態で自分と相手の違いを実感するとショックを受けることになります。そして、ダイレクトに心に傷を作ってしまいます。

でも、始めから自分と相手は違うことを分けることが出来ていれば、何を努力すれば分かり合えるのか、どこまでが理解し合えていて、どこからが違うのかと、観察が出来るようになります。関係構築やコミュニケーションは、お互いの協力関係によって生まれる世界となるんですね。勝手な思い込みや期待には基づかない世界です。

これを仕組みに基づいて技術として観察できるようになることが大事ですよ、とお伝えしたのが動画の内容です。

そのための世界を分ける技術であり、バリエーションです。


今回は世界を分けるバリエーション 自分と相手との関係編ということでお伝えしました。

自分と自分との関係編もこの後、作成しますので、お楽しみに。

動画で使用したスライドをこちらからダウンロードできます。


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